30Sep
時代によって変化していくものもあれば、普遍的なものもあります。今まで価値のあったものがほとんど価値のないものに変わることだって多々ある。
たとえば、ファックスというのがありますが、かつてはかなり重宝していました。それがないとビジネスができないくらいに。でも、今の時代に果たしてファックスが必要かどうか? もちろん必要はあるだろうし使っていると思いますが、大半がメールの方が便利であろうかと、そう思うはずです。そもそも、ファックス自体使ったことが無いという若い人も今の時代なら多いような木がする。
僕は20代のときにソフト開発の仕事をしていました。残業も多いときであれば60時間くらいしていたんじゃないのかな。あれだけ必死で仕事を覚え、夜遅くまで残業を続けていたというソフト開発の知識や経験は、今では何の役にも立たない。というのも、そのとき僕が覚えた言語というのは、そんなにメジャーではなかったし、もう、今ではほとんど企業では使用していない。はっきりいって、あれだけ学んだことは今となってはほとんど無意味だった。
そこで、30代になった僕は普遍的な学びを求めた。
そのひとつにお金というのがある。少なくとも僕が生きている間、お金の知識は無駄にならない。そう思い、「お金=株式投資」を思い浮かべ、それを数年間かけて勉強した。株式投資関連の本を100冊は読み、さまざまなセミナーや勉強会にも参加した。会社の仕事なんて適当にやりながら仕事中にいつも投資のサイトを見ていたし、一日中、チャートを眺めて学んでいた。段々と投資で利益がでるようになったけれども、その資金を他に使用しなくてはならなくなり、投資自体をしばらく休止した。最近になって色々と時間的にも余裕ができてきたので少し前から投資の学びを再開した。久しぶりに投資の本を読んだけれども、10年前に学んだ株の知識というのは、今でも驚くほどあまり変わらない。
この世界には常に変化することと、普遍的なことが存在する。
どうせ何かを学ぶのであれば普遍的なことを学びたいと僕は段々とそう考えるようになった。何かを学ぼうとするときに、
「これは普遍的な学びであろうか?」
と、自分に対して問うようになった。もちろん、それは人生をかけて学びたいときに考えるのだけれども。
40代になってから、本格的に体の勉強を始めた。マッサージが好きだったし、人間の体や健康というのもテーマ的に普遍だからという理由もあった。
そうして、整体マッサージから、性感マッサージへと移り変わる。それは、男が女性が好きだという普遍的なテーマに沿うようになる。ということで、これからも投資や性感マッサージといった普遍的なことを学び続けたい。
まあ、俗的な表現で言えば単純に「お金と女が好き」ということであり、それらをただ求め続けていきたいというだけであったりする。
関連記事
コメント
この記事へのトラックバックはありません。
この記事へのコメントはありません。