8Sep

むかし、催眠術のテレビ番組とか見て「こんなことあるんかなと」あるのなら自分もかかってみたいというのもありました。
20代のときに、とあるセミナーに参加をしたときに、そこには確か30人くらいいたのですが、セミナー中に催眠体験というのがあり、自分もかかるのかなって思っていたら、全くかからず、ただその中の幾人かは、本当に催眠状態になっていて、そういうのがあるんかなとは思いました。
今となっては、そういう催眠ショーのからくりが何となく分かります。
10人に一人か二人くらいの確率で、言葉の暗示にかかりやすい方というのがいて、30人もいれば、その中に5人くらい暗示にかかりやすい人というのがいるので、そういう人をあえて選んで催眠ショーを行うような感じでしょうか。
例えば、わさびが甘くなる、という催眠術をかけて、「あれ、本当に甘い」というのは、まあ幾度か見てきましたけれども、なんとなく、「この催眠術師がすごい」と思いがちですが、でも、それは、魔法をかけたわけでもなく、ただただ、
「催眠にかかっている人の能力がすごい」
ということになります。
少し余談ですが、
そういえば、小学校のときの給食で、食物を残すことは禁じられていまして、もし食べられなかったら、放課後にひとり残って食べさせられていました。たぶん、令和の今でしたら虐待かもしれません笑。
僕は、生まれつきキュウリが嫌いだったので、それが給食で出されるたびに居残りでした。あるとき先生が、「それを美味しいものだと信じて食べなさい」と助言してくださりましたが、少しも美味しくありません。もしも、本物の催眠術師がいるのなら、キュウリを美味しくしてと言いたいですが。
そういえば、むかしの友人で、ナスが嫌いな人がいました。あるとき、彼は交通事故があって、頭を強く打ち、数カ月間、入院するという重症だったにも関わらず奇跡的に後遺症もなく回復したのですが、驚くことに、ナス嫌いが治って、普通に食べられるようになっていました。
その彼曰く、「頭を思いっきり打ったら、キュウリが好きになるよ」と。
そういえば、以前に、とあるカフェのモーニングを頼んだのですが、なんと、そのピザにキュウリがふんだんにかかっていて、少しも食べられませんでした。コーヒーを飲んで、ゆで卵を食べたのですが、そのピザは食べられませんでした。残してしまい、申し訳ありませんでした。
そういえば、僕には性格の悪い兄がいるのですが、その兄も、実はキュウリが嫌いでした。もしかすると、味覚にも遺伝というのがあるのかもしれません。ただ、兄の子供たちは、むしろキュウリ好きだったのは驚きでした。
ということで、どうでもいい余談は終わりまして、
ある意味、催眠にかかりやすいってことは、どちらかというと洗脳されやすいということもあるのかなって思います。
因みに、むかし来られていたカップルですが、
彼氏:「服を脱げ」 彼女:「はい」
そうして躊躇なく服を脱ぎ始めて、彼女への性感マッサージを始めたのですが、
「思いっきり感じろ」 「はい」
その彼の言葉で、急に彼女の身体が感じ始めて、
さらには、
「今、中で感じろ」 「はい」
といって、中でいき続けました。
すごく感じられてはいたのですが(僕が施術をしている意味ないやん)、と心の中ではつぶやいていました。まあ洗脳を超えて奴隷のようになっていたように思いました。
令和の時代には、催眠も洗脳も流行らないと思うんですね。
とある高校の野球部も、監督の奴隷のような感じでしたけれども、そういうのも淘汰されるような流れで、むしろ、誰かに言われて奴隷になるくらいなら、自分の意志で奴隷になるのが令和の時代のような気がします。
最近、来てくださったカップルがいたのですが、ふと彼女になんで受けに来てくれたんですか、と尋ねたら、
「(彼氏がおごってくれて)マッサージがタダだから」
ということでして、残念ながらその彼女さんは、ほとんど感じられていませんでしたが、ただそういうほうが、なんだか令和っぽくていいような気がしました。
PS.キュウリの思い出は、たくさんあるのですが、なんだか嫌いなものの方が、思い出深いですね笑。
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