22Jan

ずっと以前に、西洋占星術を勉強していました。(今はもう、すっかり忘れていますが)
それはどういうことかと簡単にいえば、人が生まれたときの星の位置で、その人の性格や、もっといえば人生が決まるということでした。
まあ言われてみれば、人生はある程度、産まれたときに決まってしまう残酷なことがありますよね。
性別や容姿、才能、国や地域などなど、何ひとつ自分で選べないままで、勝手に決められてしまうと思うんです。
少し余談ですが、
僕は生まれつき、「キュウリが食べられない病」にかかってしまい、それを食べることができないです。恐ろしいことに、それを治すための治療方法は未だに見つかっていません。
ただ単に、食べ物の好き嫌いがあるだけですが笑。
ということは味覚も、ある程度、生まれ持っての運命として決められているかもしれないです。
もしかすると、僕の前世は、貧しいキュウリ農家で、あまりにもキュウリを食べ過ぎた結果、
「次に生まれてくるときは、キュウリを食べないで済むように」
と死ぬ前に祈ったのかもしれません。
さらにいいますと、実は、僕の兄もキュウリが嫌いなんですね。
意外に前世でも、僕と兄は、貧しいキュウリ農家の兄弟だったかもしれないです。
因みに、僕が幼いころ、兄に、ひどくけなされては虐められ続けたので、正直、今でもあのときの恨みがないわけでもないですが、
もしかすると前世では、逆に、僕が兄を虐めていたのかもしれません。
それで、前世の兄が、「あいつを虐めて虐めて虐めてまいります」
と祈って亡くなり、それゆえに今世で、兄から復讐されたのかもしれないです。
そういえば、藤井風の「帰ろう」という歌詞に、
「憎みあいの果てに何がうまれるの、わたし、わたしが先に忘れよう」
とあります。復讐の輪廻から解かれるのは、わたしが先に忘れる以外には、ないと思うんですね。それは本当に難しいことではありますが。
これも余談ですが、
もしも神様という方がおられて、「幸せ」を人生で学ばせようとした場合には、
きっとその真逆の、過酷で不幸せな人生を選ばせるような気がするんですね。人生を学んでいく先に、幸福を見つけるような、そんな生き様にするような気がしています。
ずっと以前に来てくれたお客さんが、身体や心のことで、とても悩んでいました。
具体的には書きませんが、わりと衝撃的なことでした。
最初に依頼してくださったときには「とても悩んでいます」の一言だけでした。
その一言で、なんだか、悩みや苦しみというのが、ひしひしと伝わってくるという思いがありました。
依頼をしてくださって施術を行いましたが、僕が何かをしたからといって、特に改善したわけでもありませんが、それでも、心と身体が軽くなったといって悦んでいてくださいました。
施術を行っていて、うまくいかないことも多々ありますが、ちょっとでも、癒すことができたらなあと思いまして続けていきたいとは思います。
PS.前世とか来世の話は、男性向けには絶対にしない方がいいのですが、女性は、わりと信じている方が多いように思いますね。
あと、すっかり忘れていますが西洋占星術に興味があれば、「興味がある」と予約するときに言ってくだされば行いたいと思います。
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