愛媛松山で女性のための性感アロママッサージ

元整体師のプロが心地よい癒しの性感マッサージを施術します。

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もう一度人生をやりなおせるのなら

   

 先日、テレビを見ていたときに、

 

「もう一度人生をやりなおせるなら、あなたはどうしますか?」

 

 という番組がありました。

 

 かつての阪神タイガース4番、あの松井選手も憧れていた「掛布選手」が32歳のときに左手首のケガが理由で引退を決めた。

 

「もし、あのときも戻れるのなら、野球を続けますか?」

 

 の問いに対して、

 

「今だったら、絶対にやりたい」

 

 そう答えていました。今では阪神の2軍監督になっていて、ケガで苦しんでいる選手に対して、

 

「ケガを理由に絶対にやめるな! 後悔するぞ」

 

 と答えていたのが印象的でした。

 

 

 僕がもし、あのときに戻れると考えたときに、高校受験のときに戻ってみたいなって思います。あのとき失敗していなければ、今の自分はもう少しまともな人生ではなかったのかと思い返してしまう。

 

 僕は中学3年のときに、A高校という進学校を目指していました。そうして実力的には十分に受かる成績もありました。でも、試験が近づいてくると不安になってくる。それは誰だって当然かもしれません。

 でも、追い討ちをかけるように僕の兄がさまざまなプレッシャーをかけてくる。

「高校に落ちたら、恥ずかしくて自殺せないかんよね」

 等々、そういわれ続けるとよけいに怖くなってくる。そんなのときに、

「高校なんて落ちたところでどうってことがない」

 そういう言葉をかけてくれる大人は不思議と誰一人としていなかった。

 

 最初はA高校に出願していたのですが、400人募集で450人ほどの志願者がいた。

 上位で受かることはないにしても真ん中くらいで楽に受かる学力だったけれど、なぜか落ちる50人に自分を思い浮かべてしまった。

 

 私立受験にしても兄からの、

「私立なんて受験したら恥ずかしいよね」

 の一言で、滑り止めの受験も諦めた。

 

 そうして、

「もし受験に失敗したらどうなるんだろう」

 

 とずっと考えていました。落ちたら、行き着く先は中学浪人しかありません。 今だったらそれもいい経験になるな、なんて思えるけれど、でも、そのときの僕の心理状態では絶対にそれは無理だった。周りの目もあるだろうし。

 

 色々と考えた結果、受験の1週間前であれば学校を変更できるということで、悩み続けて結局、Bの高校を選んだ。

 

 ちなみに僕の受験番号は、「123」だった。それは今でも鮮明に覚えている。

B高校の受験のときに、ふと、

「このまま白紙で答案を出したらどうなるだろう」

 そう考えてみました。一瞬、そういうことをやってみたい衝動にかられたのですが、できるはずもありませんでした。

 

 合格発表は見るまでもなく受かっていましたが、何一つ嬉しいという感情はわきあがってこなかった。

 そうして、兄からは、

「B高校なんていってどうするん? お前の人生終わったな」

 そのころの僕は素直だったのかもしれません。兄の言う通り、僕自身も人生終わったとその言葉に納得してしまい、そうして現実もそうなりつつあった。

 

 大して行きたくもない高校に毎日通う。中学時代にあれだけいた友達も誰もいなくなり高校生ながら常に孤独だった。

 

 そもそも、学生時代に自分には何の才能などないことに気づいてしまった。さらに、周りを見て自分の容姿が大したことないことにも気づく。唯一、若干の才能があることといえば、少しだけ勉強ができることだけだった。

 当時のかすかな夢は、進学校に通い、一流大学を、さらに一流企業を目指すことくらいだったけれども、B高校ではそれは無理だった。

 

 兄は、絶えず嫌味を言い続けてきた。僕が17歳のときに東京かどこかへ行き、それから兄と会ったのは20年後の1度きりだけだった。これから会うことがあるのは親が死んだときくらいだろうか。

 

 兄がいなくなって精神的に楽にはなったけれど、どうしようもない自分をどう変えていけばいいのか見当もつかなかった。高校時代には友達もできず、ただ空虚を満たすだけのために食べ続けていた。高校に入学したときは65キロだったのだ卒業のときには90キロだった。

 

 本当の自分を取り戻すために20年くらいかかったんじゃないのかって思う。

 兄がもう少し優しくて、あのときの失敗がなければ、ちょっとは楽に生きられたのかもしれないけれども。

 

 よくよく考えれば、たったその程度のことで悩むなんておかしいと、自分でもそう思います。でも、今の時代、そんな程度のことのことで、どうしようもなく悩み苦しんでいる方のほうが多いような気がする。性感マッサージ師として数多くのお客様と裸で向き合ったことからも、そう思います。

 例えばですけれど、女性だったら「胸がちいさい」という感じで、どうしようもなく悩み、中には死すらをも考えることもあるように思える。周りから見ればそんなささいなことでって言われそうで人にはいえないだろうけれど。

 

 話は変わって、今の僕が胸を張って言えることがひとつだけあります。

 それは、20歳や30歳のときなんかよりも、今の43歳の自分が、相変わらずダメで良いことなんてないけれど、それでもいちばん楽しい、と。

 

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