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愛媛松山で女性のための性感アロママッサージ

アンケート

僕が以前に入社した会社で、いきなり初日目からかなり厳しい口調で指導してくれた先輩がいました。最初は、この人は仕事に厳しい人なんだなって思っていたのですが、ただ、別の新しい人が入社したときには、かなり甘く指導していたのを見て、単純に僕は初対面で出会ったときから嫌われていたことを思い知らされたのです。

その方は、人に厳しいのではなく、単なる自己中だった。自分が気に入らない嫌いな人を徹底的に叩くだけの。

その先輩は、どうかなって思う人に対しても優しく甘かったり、みんなからすごく慕われる女性を嫌っていた一面もあって、どんな基準で人を嫌うのかはあまり分からなかったのですが、それでも、人の好き嫌いがはっきりしている方でした。

色々と理不尽ないいかがりでしかられたりすると、相当にイライラしてきました。ほんの些細なミスをこれでもか! という感じで指摘されたりすると、僕はイライラしてしまい、それでも、どうするすべもなく、ただ耐えるしかなかったのです。

でも、イライラしている自分がむかついたりもします。こんな、人としてどうかと思う先輩に対して、自分がイライラさせられているのも奴隷であるかのごとく我慢がならなかったのです。

よくある自己啓発の本に、「自分の敵を愛しなさい」などと、頭がお花畑のようなことが書かれていた。それができるのであれば、そもそもそんな本など読まない。どんなに頑張ってもその先輩を好きになることができず嫌いだったし、イライラする感情も抑えることができなかった。

そこで、僕が考えたのですが、その先輩にイライラさせられたのではなく、自分の意思で

「イライラしてやっているんだ! このヤロー!」

そう考えるようにしたのです。要するに、自分の感情を受身ではなく能動的にとらえるようにしたのです。やってみると思うのですが、自分の意思で「イライラしてやるんだ」と思うと、何だか馬鹿馬鹿しくなって自分を笑えることができたのです。まるで奴隷から開放されたような気分にもなれたのです。もちろん、そうやってみてもイライラして変わらないときもあったけれど、自分を客観的に笑えることができることもあったときに、不思議とイライラは消え、僕は何だか、その問題を超えるようなことができるように思えたのです。

この世界には理不尽などうしようもない不幸というのがあります。ブラック企業もそのひとつかも知れません。確かにその会社はどうしようもない会社であることは間違いないでしょう。でも、それでも、

「俺はこのブラック企業を自分で選んで入ってやったんだ! このヤロー」

と思えた瞬間に、僕は何だかその問題を超越できるような、状況は何も変わらないけれども、それでも世界を激変できたような、そんな気がするのです。

結局は、受身ではなく能動的に生きたいと、僕はそう思うようになりつつあります。それは仮に行き先がすでに決まっている状況であったとしても。

自分でハンドルを握るという表現が適切なのかもしれません。

自動運転の車で、行き先がすでに決まりどうしようもない状態であったとしても、それでも、

「自分のハンドルは自分で握ってやるんだ! このヤロー!」

ってそう思えたときに、行き先が決まっているにしても、何だか、その人は、自由であり、そうして強い人のようにもそう思えるのです。

たとえば、性感マッサージにしても、それは受身のように思えるのですが、それでも、ちょっと怖いだろうけれども、それでも、申し込んでくれたことに対して、それはもう言うまでもなく、ものすごい能動的であって、それは、ある意味、自分で人生を選んでいるなって思いながら、僕は感謝をしながら、マッサージをさせていただきたいと思うのです。

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